私は2018年10月からドイツにある日系企業の現地法人にて営業として勤務をしています。
2020年9月には退職をすることが決まっており、述べ2年間ドイツで仕事をしたことになります。
いわゆる駐在員ではなく、日本の会社を一度退職し、現地法人に入社をしました。
海外勤務といえば「日本と海外から給料が2重でウハウハ〜!」と言うイメージがありますが、ローカル採用のため給料は現地法人のみから頂き、税金も全てドイツに納めています。
会社は設立5年未満、社員は2、3名の企業でした。
担当業務は新規開拓がメインで、ルート営業や経理などの簡単な総務も行っていました。
やっていたというより、数名の会社ですので行う必要がありました。
20代のうちに海外で働くことができ、この先の人生においても大きな財産になると信じています。
今回は、2年間で経験したことから自分なりに学んだことを書いてみたいと思います。
わたしの仕事
日本で勤めていた会社は製造業の会社でした。
これから海外進出をし、拡販をしていくために設立された現地法人へ私は転籍となりました。
ドイツ法人では日本で製造したものをヨーロッパ域内に輸入・販売する機能を持っていました。
私はその拡販のための新規開拓業務を主に担っていました。
月の3分の1はヨーロッパ域内を出張し、展示会への出展や顧客との商談や製品PR、会食などの業務を経験しました。
ローカルで給料をもらうということ
私はローカル採用であり、給与は全額ドイツ法人からいただいています。
そのため税金はすべてドイツに支払っています。
ドイツでは世帯の形態によって税率がかわります。
独身の課税率が一番高く、額面の約40%が税金で引かれてしまいます。
額面ほぼ半分が税金として羽ばたいています。
日本の消費税にあたる税として、付加価値税と言うものがあり基本は19%、食料品や書籍などは軽減され7%という税金がかかります。
私も異動当初は「給料爆上げ?ウハウハ〜?」と思っていましたが、生活費は日本と比べるとそれなりに高く、ウハウハは夢のまた夢でした笑
問題なく生活できるだけでありがたいのですが。
いつしか私は手取り額よりも「海外で衣食住を持って仕事をする」という経験に価値を見出すようになりました。
0を1にできた経験
転籍した当時の会社のお客さんの数は0でした。
私が転籍してからの1年で、設立から初めて会社を黒字転換させることができ、そのことがとても大きな成功体験になっています。
地道な営業活動が実を結び、今では複数のお客さんを持てるようになりました。
0を1にすることの大変さとできた時のよろこびは一生忘れられません。
全くの0の状態から始まり、1となった時ユーザーがいることの大切さを実感しました。
何事も相手があって成り立つことです。
製品やサービス、仕様、etc. どれもユーザー第一であるべきだと、と再認識しました。
このブログも読んでくださるあなたがいるからこそ、成り立つのだと常々思います。
どうもありがとうございます。
ユーザー第一になっているのかは、はなはだ疑問ですが、ぜひまた覗いてください笑
ローカライズの大事さ
新規開拓、つまり海外市場における新参者にとって一番大事なことはローカライズだと学びました。
製品をローカライズすることはもちろんなのですが、一番は働く人間です。
やはりその土地の文化や国民性をわかっている人間がドアオープナーをやるべきだと痛感しました。
私は「日系企業のグループ企業の日本人」としてヨーロッパのお客さんたちと仕事をしてきました。
最初の歩み寄りは、常に壁を感じていました。
ヨーロッパにおける外国人にとしての私の壁は、言語でした。
英語でも、そつなく仕事はできましたが、やはりその国々の言語が話せた方が何倍もお客さんの敷居が下がります。
なおさら、どっからきたのかわからないようなアジア人に物を売り込まれてもそりゃあ興味もわかないだろう、と。
逆の立場で考えてみると、日本でドイツ人が英語で商売をしにきたと思ったらほぼ無理な話なのは容易に想像できます。
もし、日本語を話して営業してきたら少し敷居が下がります。
それを日本人として、単騎勝負していたのだからよくやっていたな、、、と自分のことを自分でときたま褒めてあげたくなります。(誰も褒めてくれない)
逆にいえばドイツ人や他のヨーロッパ人が同じことをやっていたらもっと業績がよくなるだろう、と感じました。
周りの駐在員や日系企業を見渡すと、前線の仕事はローカル社員であるその国々の人がしきり、日本人駐在員が適宜後ろのカバーしています。
それは理にかなっている組織なのだな、と勉強になりました。
建設的な議論
ヨーロッパのお客さんと仕事をしてみて感じたことは、みんな建設的な議論をする、ということです。
常々、お客さんとの間の壁を感じながら仕事をしているかと思ったら一転、プロジェクトが始まるとお客さんとの垣根がなくなり、1つのチームとして取り組むことがほとんどでした。
〇〇をしたい、と言う要望が叶わない場合、「じゃあこうしたらできないか?」「こう言うパターンはどうか?」などとお客さんも知恵をしぼってくださりました。
業界にもよるのかもしれませんが、日本はいまだにお客さんとサプライヤーの立場は上下関係があり、お客さんの言うことは絶対!感が強いので、1つのチームとして取り組む姿勢はとても新鮮でした。
できる、できないの話だけではなく、できないならできないなりの議論、建設的な議論をする大切さを学びました。
今後は発注側になった場合は、傲慢にならずに一緒に成功させることを念頭において建設的な議論を心がけていきます。
転職をする上で気がついたこと
私は2020年9月に退職をしたあとは日本で転職活動をするつもりです。
もともとは日本に帰ったら、失業手当てをもらって悠々自適に転職活動をするか〜とのんきに考えていました。
しかしながら、私にはもらう資格がありません。
なぜなら、日本へ税金を支払っていないからです。
ドイツで給料をもらいドイツにのみ、税金を納めています。
オーマイ、ガットゥーザ!!!なのです。
これはかなりの大誤算でした。
ちなみに社会保障関係は日本とドイツは取り決めを結んでおり、ドイツで納めていたことを証明できれば遡及して支払い確認することができ、問題ありません。
帰ってからは、なんの頼りどころもないことはつらいものがありますが、やむなし、というところです。
慎ましく生きていきたいと思っています。
さいごに
今の会社での勤務も残すところあと2ヶ月強となりました。
思い返すとたくさんのことがあり、たのしいこともつらいこともありました。
得たもの、失ったもの、いろいろありましたがトータルとしてはドイツにきて働くことができて良かったです。
これからは、地元の宮城県で今までの経験を活かせるような仕事に巡りあいたいと考えています。
読んでいただきありがとうございました♪